アメリカでサイバー犯罪全体の被害額が166億ドルに達し、AI技術を悪用した犯罪も急増中です。音声クローニング詐欺、ディープフェイク投資詐欺、完璧な文法のフィッシングメールなど、犯罪者たちがAIを駆使するようになってきました。
しかし犯罪者がAIを「道具」として使っているなら、私たちはAIを「パートナー」として迎え入れれば良いのです。110番に電話する前に、まずはAIに相談してみる。家族に確認する前に、AIと一緒に状況を整理してみる。これがこれからの防御スタイルかも知れません。
本記事では実戦的な防御術を解説します。緊急時に使えるAI相談プロンプト、世代別の協業戦術、さらには詐欺師を逆に困らせる「攻撃的防御」の事例について検証します。AI協業による新たな防御手法の可能性を探ってみました。
AI犯罪はどのように起こっている?

音声クローニング詐欺は現実のものとなっています。中国では、わずか3秒の音声サンプルから完璧に再現された声で、ある男性が430万元(約8,600万円)を騙し取られる事件が発生しました。被害者は「息子の声」だと信じて疑わなかったのです。
投資詐欺の手口も巧妙になってきました。ディープフェイク技術で著名人になりすました偽の投資セミナー動画が拡散され、多くの人が偽の投資案件に資金を投じています。従来の「怪しい日本語」を頼りにした詐欺メール判別法は、もはや通用しません。AI生成のフィッシングメールは、ネイティブレベルの完璧な文法で複数言語に対応し、個人の行動パターンまで分析して送信するタイミングを見計らっています。
- アメリカ:サイバー犯罪被害166億ドル
- 日本:AI悪用事案で515名逮捕
- 中国:ディープフェイク事件79件摘発
この脅威の深刻さは、各国政府の対応からも明らかでしょう。FBIは2024年の年次報告で、AI犯罪による被害額が160億ドルを超え、率にして前年と比べ33%増と発表しました。実際に多くの家庭が被害を受けている現実を示しています。
日本でも状況は同様です。警察庁の最新データによると、AI悪用事案の検挙件数が急増し、関連する犯罪で515名が逮捕されました。中国公安部も、AI換脸(ディープフェイク)を使った事件を79件摘発し、技術の悪用は国境を越えていることが判明しています。

UC Berkeleyの研究チームによると、AI技術の普及により「低スキル犯罪者のサイバー犯罪参入」が加速しているという調査結果が出ました。これまで高度な技術知識を要したサイバー犯罪が、AI技術が身近になったことで、誰もが実行できるようになったことを意味します。
どこにでもいるような人でも、簡単に詐欺行為を働ける環境が整ってしまったということです。技術的ハードルが低下して脅威が身近になった今、従来の「自分は大丈夫」という感覚は危険かも知れません。
ただし、希望もあります。犯罪者たちはAIを単なる「道具」として使っているだけです。彼らは犯罪者集団の上層部から言われたことをやっているだけで、真の協業レベルには達していないのです。AIをこれから使っていこうとする場合、その点を強く意識しておいて損はありません。
AIを仲間にした防御システム

新たな防御手法として、AI技術を活用した即座の状況分析が注目されています。詐欺の疑いがある連絡を受けた際、警察への通報前にAI技術で状況を整理する手法が効果的とわかりました。
セキュリティ専門家が推奨する緊急時AI相談の手順は以下の通りです。これをコピーしてAIのウィンドウにペーストし質問するわけです。
息子が事故で300万円が必要と電話が来ました。
以下の状況で詐欺の可能性を教えてください:
・状況:[具体的な状況を記入]
・要求内容:[相手の要求を記入]
・連絡方法:[どんな連絡が来たかを記入]
・違和感:[感じた違和感を記入]
詐欺の可能性と今すぐ取るべき行動を教えてください。
このような定型プロンプトをスマホやPCに保存しておくことで、冷静な判断材料を得られるでしょう。AI技術は24時間365日利用可能で、急なメンテナンスはありますが、定休日など人的制約を受けない点が利点です。メインAIがメンテナンスの時に使えるサブAIの選定をしておけば憂いなしに間違いありません。
AIで状況分析をした結果、詐欺の可能性が高いと判断された場合は、さらにAIに「地域のサイバー犯罪相談窓口」や「警視庁サイバーセキュリティ対策本部への問い合わせ方法」を尋ねる方法もあります。
詐欺電話は焦りや混乱を生じさせることに着目しているため、我々が平時であれば嘘だと見抜けることをもっともらしく誤認させます。まず一番側にいるAIを頼って冷静になるのが手っ取り早いでしょう。

特殊詐欺の電話対策として、専門家は「合言葉」システムの導入を推奨しています。家族間で事前に決めた特定の言葉を緊急時の認証手段として使用する手法です。音声AIアシスタントと日常的に対話しておけば、操作を習熟するためのハードルは低いでしょう。合言葉はAIが考えてくれるので頭を悩ませる必要はありません。定期的に合言葉を変更し、家族用のSNSで伝えたり、もっとアナログに冷蔵庫に貼り付けるなどしておけば良いでしょう。
若年層だと特に狙われやすいのが、SNSを通じた投資詐欺です。「必ず儲かる」「月利30%保証」といった甘い話で暗号資産や株式投資に誘い込む手口が急増しています。投資勧誘を受けた際は、AIチェックを習慣づけるのが最良かも知れません。「○○という会社から仮想通貨投資を勧められました。詐欺の可能性はありますか?」といった質問をAIにして、冷静な判断材料を得る方法です。AIは最新の被害事例などもリサーチできるため、情報の鮮度が保たれます。
年齢に応じたAI安全教育プログラムを実施すれば、全世代を通じ対策を共有することが可能でしょう。特に未成年者への安全教育については、年齢別の専門的アプローチが必要とされており、早急に詳細な検討をすることが全世界的に求められています。

AI犯罪への攻撃的防御とは?

英国の通信大手Virgin Media O2社が開発した「デイジーばあちゃん」は、犯罪者を困らせるAIシステムです。このAIは、高齢女性の声で詐欺師と長時間会話を続け、相手の時間を無駄にする「時間泥棒作戦」を実行しています。
デイジーの手法は巧妙で、詐欺師からの電話に対し、興味深そうに反応しながら話題を逸らし続けます。猫の話、編み物の話、孫の近況など、一見無害な雑談で相手を引き止めるのです。
実際の通話記録では、40分以上も詐欺師を拘束したケースが報告されています。もちろんデイジーはAIで実際の人間ではありません。そして、デイジーが対応した詐欺電話の成功率は大幅に低下したことが確認されています。
個人実践時のリスクと限界
デイジーのような企業レベルの取り組みを真似ることは個人でもできるでしょう。AI技術を活用した「適当な返事戦術」により、詐欺師の時間を無駄にしながら情報収集する手法は実際に研究されています。ただし、個人での実践には慎重さが必要かもしれません。相手を刺激しすぎると逆効果になるリスクもあり、専門家は基本的には通報を優先するよう推奨しています。
AI技術にも弱点があります。新しい詐欺の手口が出てきた時、AIがそれに気づいて対応策を覚えるまでには時間がかかるでしょう。また、人間の心の動きや感情を狙った巧妙な騙し方には、AIはまだ完全には対応できません。AIが間違える問題もあります。本当は普通の連絡なのに「詐欺だ」と判断してしまったり、逆に本当の詐欺なのに「大丈夫」と言ってしまったりすることがあります。AI技術はどんどん良くなっていますが、100%完璧な判定はまだ難しいのが現実です。
事前準備
- 「詐欺師が家族の緊急事態を演出する手口パターンを10個教えて」
- 「『極秘』『緊急』『法的責任』など詐欺で使われる脅し文句リストが欲しい」
- 「家族が本当に困っている時と詐欺の見分け方を教えて」
- 「警察・銀行・病院が電話で絶対に言わない言葉を覚えたい」
- 「パニック時でも冷静になれる3秒ルールや呼吸法を教えて」
事後対応
- 「極秘捜査だから家族にも話すなと言われました。そんな捜査ってある?」
- 「私服の捜査員が今から来ると言ってます。本物の可能性は?」
- 「話すと法的責任を問うと脅されました。そんな法律は存在する?」
- 「パニックで判断できません。110番すべき状況か教えて」
- 「もう振り込んでしまいました。今すぐできる被害拡大防止策は?」
デイジーばあちゃんの事例が示すのは、AI技術の単純な活用を超えた「創造的な協業」の可能性かもしれません。人間の発想とAI技術の実行力を組み合わせることで、従来にない解決策が生まれています。
AIと人間でお互いの弱点を補完し合う関係性こそが、真の協業でしょう。完璧ではないから学習を継続し改善して、より強固な防御体制を整える必要があります。
AI時代の新しい安全社会

技術が普及して、今では誰でもAIに触れることが可能になりました。犯罪者だけでなく、普通の人たちもAIを活用できる時代です。多くの人がAIで詐欺チェックできるようになれば、犯罪者にとっては痛手でしょう。電話をかけても、すぐにAIに相談して「これは詐欺ですね」と見破られてしまうからです。
防御成功率はどんどん上がっていくと予想されます。これを専門家は集合知による防御網、すなわち「みんなで作る防御の輪」と呼んでいます。ひとりひとりが知識を増やすことで、社会全体が詐欺に強くなるという考え方です。
AI技術の進歩速度は非常に速いものの、事前準備が防御力の差をもたらすと考えられています。将来的に更なる高度な脅威が出現した際、今AIをパートナーとして協業する経験は大きな資産となるでしょう。今日から始められる具体的な行動として、緊急時用AI相談プロンプトの準備、家族間での合言葉設定、疑問を感じた際のAI活用習慣の確立などが望まれます。
これらの基礎的な取り組みが、将来の高度な脅威に対する土台となります。技術は飛躍的に進歩しますが、人間側は着実に、そして段階的にスキルを向上させていけば恐れるに足りません。

AI安全教育は大人世代だけでなく、子どもたちにこそ学んでもらう必要があります。デジタルネイティブ世代は技術習得が早い反面、リスク認識が不十分な場合もあり、年齢に応じた専門的な教育アプローチが必要かも知れません。例えば「友達から『このゲームでお金を稼げるよ』と言われたらどうする?」「SNSで知らない人からフォローされた時の対応は?」といった具体的な場面を想定した練習が効果的でしょう。家族みんなでAIに「この状況は安全?」と質問する習慣を作っておけば、いざという時に役立ちます。
完璧な防御システムは存在しませんが、人間が持つ感覚とAIの分析力を組み合わせることで、人間だけでは実現できない防御力を獲得できます。AI技術の限界を理解しつつ、その可能性を最大限に活用する姿勢が重要でしょう。
AIを「道具」として使う状況と、「パートナー」として協業する状況を使い分けることが必要なのかも知れません。AIへ単に指示命令するだけでは得られないものがあり、そこに気づくと長期的な優位性の源になります。技術進歩の恩恵を悪用する者たちに対抗するため、善良な市民がAI技術を味方につける。これが、AI時代の新しい安全社会の基盤となります。
参考データ

FBI Internet Crime Complaint Center (IC3):【Criminals Use Generative Artificial Intelligence to Facilitate Financial Fraud】
https://www.ic3.gov/PSA/2024/PSA241203
中国公安部AI換脸事件: 【澎湃新闻(The Paper)公安部:破获”AI换脸”案79起,抓获犯罪嫌疑人515名】
https://www.thepaper.cn/newsDetail_forward_24180052
UC Berkeley サイバーセキュリティセンター: 【Beyond Phishing: Exploring the Rise of AI-enabled Cybercrime】
https://cltc.berkeley.edu/2025/01/16/beyond-phishing-exploring-the-rise-of-ai-enabled-cybercrime/
警察庁: 【令和6年におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等について】
https://www.npa.go.jp/publications/statistics/cybersecurity/data/R6/R06_cyber_jousei.pdf
FBI Internet Crime Complaint Center: 【FBI Releases Annual Internet Crime Report】
https://www.fbi.gov/news/press-releases/fbi-releases-annual-internet-crime-report
AARP詐欺被害調査: 【FBI: Older Fraud Victims Lost $4.9 Billion in 2024】
https://www.aarp.org/money/scams-fraud/fbi-report-fraud-2024.html
FBI サンフランシスコ支局: 【FBI Warns of Increasing Threat of Cyber Criminals Utilizing Artificial Intelligence】
https://www.fbi.gov/contact-us/field-offices/sanfrancisco/news/fbi-warns-of-increasing-threat-of-cyber-criminals-utilizing-artificial-intelligence
Virgin Media O2: 【O2 unveils Daisy, the AI granny wasting scammers’ time】
https://news.virginmediao2.co.uk/o2-unveils-daisy-the-ai-granny-wasting-scammers-time/
Bright Defense: 【256 Cybercrime Statistics for 2025】
https://www.brightdefense.com/resources/cybercrime-statistics/
CrowdStrike: 【China’s Cyber Espionage Surges 150%, Says CrowdStrike】
https://cybermagazine.com/articles/chinas-cyber-espionage-surges-150-says-crowdstrike
CSIS戦略技術プログラム: 【Significant Cyber Incidents】
https://www.csis.org/programs/strategic-technologies-program/significant-cyber-incidents
米国司法省: 【Justice Department Charges 12 Chinese Contract Hackers】
https://www.justice.gov/opa/pr/justice-department-charges-12-chinese-contract-hackers-and-law-enforcement-officers-global
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